ピンブラブログ

音楽と猫をこよなく愛する若干隠居気味のバンギャルブログ。

さよなら「PIERROT」〜元ピエラーが冷静かつ盲目的な視点で考察するPIERROT その2〜

続いてPIERROTを語る上で外せないのが、日本各地はもちろんインターネットを通じて世界を結んで行われた実験的かつ歴史的ライヴ「THE GENOME CONTROL(通称:ゲノコン)」だ。

これは客が一切入っていない謎の会場(※東京ビッグサイト)から映像を通しライヴを体感させるという、当時にしては非常に画期的なものだった。
体感する方法は、全国各地の街頭ビジョンとクローズドサーキット、WOWOWでの生中継、そしてインターネットによる映像配信。

まだブロードバンドが普及していない1999年12月。
私はインターネットを介してリアルタイムに映像を見るのは難しいと判断し、WOWOWでの生中継を録画しつつ(わざわざ親戚に頼んだ)、仙台駅東口の街頭ビジョンへ足を運んだ。

…そこに集まったピエラーの盛り上がりっぷりは今でも忘れられない。
ダイレクトに反応を味わえないステージで、ただひたすらいつも通りの演奏するメンバー、モニター越しからファンに語り掛けるキリト、それに応えるファンの歓声…。
この模様を収めたDVDを改めて見直すと非常にこそばゆい(私だけがこそばゆい思いをするのは嫌だからみんなも見て!笑)。
演奏シーンと各地の模様を交互に追っているのだが、キリトは「このタイミングでこう言えばピエラーはこう反応するだろう」というのをよく分かっている。
そう、ここでも彼は確信犯だ。
全ての演奏が終了すると、キリトは「これから1時間後、新宿西口の特設ステージでゲリラライヴを行います」と告知。
もちろん仙台から新宿へ1時間で移動できるはずのない私は、後日その模様をビデオで鑑賞することになる。
大混乱に陥った新宿では「新宿のキ×ガイども!!!!!」という煽りとともに「CREATURE」「蜘蛛の意図」の2曲をサクッと演り、実験的かつ歴史的ライヴは幕を閉じた。

いやーコレもね、あとからゴチャゴチャ賛否両論が繰り広げられていたけど、今思い返しても単純に面白かったわ。
これまで前例にないことを決行するのって楽しいよね。
炎上してたっていいじゃない。

んで、PIERROTの残した功績(?)の一つはバンギャルのネット人口を爆発的に増やしたことかもしれん。
ゲノコンを見るためにわざわざパソコンを購入したピエラーもいたし、その前後に開設されたPIERROTファンサイトは大小問わず膨大な数だった。
私がサイトを作り始めたのもその頃からかな(ここではとても晒せない裏サイトだったけど笑)。

ゲノコン以降も、西武ドームへのPIERROTバス(バス内で映像を鑑賞しつつ全国各地からピエラーがゾクゾクと集結)、タワーレコード渋谷店での限定シングル「Paradox」の販売(宮下公園まで伸びる長蛇の列は圧巻だった)、映画「Paradox」(ライヴ映像とストーリー的な断片映像を組み合わせたやつ)の上映会などなど、常にピエラーを飽きさせない…惹き付けるための戦略はほんとに長けていたと思う。
とにかく、追い掛けるのが楽しい(つーかムキになる笑)バンドだったんだよね。
ヴィジュアルバブルが弾けた後…V系氷河期においても日武3daysを行うなど、彼らが長い間V系最大手でいられたのはそれだけじゃないと思うんだが、やっぱりファンの心理を掴むのが巧みだった。


本の内容に入れないまま続く


B00008PT3NTOUR 1999 FORETELLER'S MUTATION FINAL ~THE GENOME CONTROL~ 1999.12.22 [DVD]
PIERROT
ユニバーサルJ 2003-04-23

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